先日、NHK大河ドラマ「龍馬伝」で龍馬の父親(演じていたのは児玉清)が亡くなる回を見ました。
前後して、友人の父上が亡くなった、という訃報が相次ぎました。
そういえば、私の父が死んでからもうすぐ8年になるのだなー、と、ふと思い出しました。
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父は何年か癌を患っていました。
母や私は医者から「もう長くない」と知らされていましたが、本人は知らされていませんでした。
薄々感づいていたのかもしれないし、ひょっとすると最後までわかってなかったのかもしれません。
いずれにしろもはや知るすべはありません。
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長崎の病院で父が亡くなった時、私は遠く茨城にいました。
連絡を受け、急いで飛行機でかけつけ、実家に運ばれていたもう動かぬ父と対面しました。
当時、最後を看取れなかったことへの罪悪感、後悔の念を覚えたことを記憶しています。
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あの時、逆に「父は最期に私に会いたかっただろうか」といったようなことは、不思議と考えませんでした。
ある意味で自分のことで頭がいっぱいだったのかな、とも思います。
今はじめて、その思考に辿り着いたような気がします。今更、ではありますが。
父が自身の病状を詳しく知らなかったとすれば、「今度会うときまでにはもう少し良くなってるといいな」くらいしか考えていなかったかもしれません。
でもひょっとすると、死の直前には、「ひょっとすると自分はもう長くないのかもしれない。アイツはどうしてるだろうか」なんて思ってたのかもしれません。
もう誰にもわかりませんが。
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こんなことを考え始めたのは、自分が父親という立場になったせいなんだろうな、と思います。
自分の最期の時、なんてあまり想像したくはありませんが、例えば父と同じように癌で入院して、もうそんなに長くはないだろうと悟ったとしたら、誰に会いたいだろう?何を話したいだろう?
それはやっぱり妻とか子供たちとか親とか妹とかだろうな。
(無論、親より先に逝くなんて親不孝は避けたいですが)
でもそのとき、子供たちは遠い土地(ひょっとすると異国の地とか)で、必死に生きてるかもしれない。
「まあ、いつ訪れるかわからない瞬間のために、無理に時間を作って顔を見せに来ることはない」
「自分の人生を生きることに時間を使いなさい」
なんて強がりを言えるだろうか?ひょっとすると強がりじゃなくて心からそう思うのだろうか?
わかりません。わかんないよね。
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劇中では、父の死の数日前、龍馬は父に自分の夢を語りました。
黒船に乗って世界に出る、という大きな夢を語りました。
死期を悟っていたであろう児玉清(役名わかんないので)はそれを聞いて、嬉しそうでした。満足そうでした。
私は結果的に自分を龍馬に置き換えることはできませんでした。
なので、逆を想像します。
自分が児玉清の立場だったら、やはり嬉しいだろうな、と。
その夢がどれだけ荒唐無稽に聞こえても、でも次の世代にはそれだって不可能ではないかもしれない。
何より、自分の子がそれに向かって進もうとする人物に育った、ということが、嬉しいに違いない。
その喜びと自分の死への恐怖と、どっちが勝つか、なんてのはやはり全くもってわからないわけですが。
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私の子供たちはまだブログなんか読まないので、これは完全に独り言です。
でもいつかこんなことを話して聞かせる日が来るかもしれないなー、と思いました。
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お父上を亡くされた友人達には、この場を借りて謹んで哀悼の意を表したいと思います。
(読んでないかもしれないけど)