March 5, 2004

議論のアンチパターン

なんか、耳が痛いです。 僕がよくやらかす失敗。基本的に社内の目上、先輩に対してというのがほとんどですが、基本的なベースとなる考え方として相手にもプライドがある、自分よりもエンジニアとしての経験年数が長い、という前提に立つと、少なくともエンジニアの力量というか知識というか洞察力というかそういういわゆる能力として少なくとも自分と同等、いやそれ以上のものを持ってててあたりまえと考えてあくまで対等のエンジニアとして接します。すると、「なんでこんなこともわかんねーんだよ。何年コンピュータで飯食ってんだ?」という話になって、いつも怒られます。どうやら、新人さんのように懇切丁寧に教えてあげないと逆切れされます。部下、後輩から新人扱い、能無し扱いする方がよっぽど相手のプライドを傷つけるんじゃないかと思うんですが、どうも違うようです。こうして、私は今日も「言葉遣いかきつ過ぎる。それじゃ、ショック死する人が出てきますので、言葉は柔らかく」と怒られるのであった。 仕事を上手く進めるためには、議論が必要で、人間が複数人集まるんだから当然意見がぶつかることがあるのは当然で、ぶつかってから落としどころをどこへ持っていくかを探るのが腕の見せ所だと信じているのですが、どうやら意見がぶつかることそのものを由としない風潮が強い、と最近強く感じます。世知辛い世の中になりましたな(って、使い方違う。。。)
Posted by money at March 5, 2004 3:25 AM | TrackBack
Similarly Feeds
Comments

”議論の本来の価値は、「見えない答えを複数の知恵で発見する点」に有る訳です”、は全く同感です.

議論補助プログラムに関して何か作られているのでしょうか?

当方大学で議論の研究とそのエージェント指向計算への応用に関して研究している者でございます.議論、議論補助プルグラムに関して情報をお持ちでしたらお寄せ下さい.

Posted by: 沢村 一 at June 2, 2005 8:33 AM

 初めまして。静岡の村松と申します。議論補助プログラムに以前から関心が有りましたが、ネットサーフィン中にたまたま此方を発見し、興味深く関連サイトと共に拝見致しました。

 私の関係する会社や趣味グループ等でも、やはり当然のごとく政治家の討論を真似たかの様な低レベルな発言が行き交っています。

 日本では長引く不況で一時流行語にもなった「ゴーマニズム」的な強引さが少し定着してしまった感が有ります。
 残念な事ですが「全体を正しく導くには、強ければ良い。勝つのが正義だ。」式の論理が蔓延っています。議論の本来の価値は、「見えない答えを複数の知恵で発見する点」に有る訳ですが、それを忘却していると思います。
 必要なのは、よく仕事上で言われる「気を付けるのではなく、間違いが生起しない環境作り」であると通観します。
 混沌とした社会。第三次世界大戦が発生すると人類破滅と言われる社会。せめて無益な争いを会社等自分の身近から無くす活動が求められていると思います。

Posted by: 村松秀幸 at July 18, 2004 1:13 PM
Post a comment









Remember personal info?






Powerd by FC2.com
since 2/Feb/2004